2012年3月8日木曜日

「アクシデントのクレバス」芳野満彦さん

「アクシデントのクレバス」

河北春秋

 雪山に潜む危険を今月、80歳で亡くなった登山家の芳野満彦さんは「アクシデントのクレバス」と表現している。いつの間にか落ち込み、気付いた時はもう身動きできない


▼芳野さんは17歳の冬に八ケ岳で遭難した。同行の友を失い、凍傷で自身も両足を半分切断した。懸命のリハビリで登山を再開。1965年、日本人として初めてマッターホルン北壁登頂に成功した

 ▼著書『新編山靴の音』に、八ケ岳遭難の詳細が記されている。変わりやすい冬山の天候、装備や食料の不備、そして進むか戻るかの場面で、何度か判断ミスがあったと悔やむ




▼芳野さんは蔵王でも、スキーで山越えしようとして猛烈な吹雪に襲われ、ビバークした体験がある。「冬山はいくら標高が低いといっても、あまりなめるものではない」と自戒している

▼秋田駒ケ岳では先日、山スキーの登山者が遭難し亡くなった。2000年2月、秋田大生が遭難した現場の近くである。悲劇の再発を防ぐ方法はなかったのか


▼困難な登山をしてきた芳野さんは、山では死ななかった。失敗に学んだということだろう。災厄から何を教訓として得るのか。大津波と原発事故で浮き彫りになった数々の落とし穴。


山にしろ海にしろ、自然との向き合い方は「なめるものではない」。

2012年02月22日水曜日


河北新報




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○○さんは 登山歴40年以上のベテランで冬山の経験も豊富だった。八幡平遭難対策委員会捜索救助隊(八捜隊)の副隊長も務めていた。


 捜索に当たった山仲間らによると、○○さんはスキーをしに秋田駒ケ岳周辺を訪れた。田沢湖スキー場のリフト終点からさらに登って滑っていたが、雪庇(せっぴ)から3メートルほど下に転落。吹雪で視界が悪く、道に迷ったとみられる。


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2012年3月7日水曜日

四国の雪崩事故

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高知県
1963年1月24日 高岡郡 梼原村神の山 畜舎と納屋が全壊し,牛2頭が死亡
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1963年2月1日朝 高岡郡 梼原村井高 裏山からの雪崩で住家2戸合掌が折れて半壊
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1963年1月14日 10:30 高岡郡 東津野村 天狗高原スキー場 天狗高原スキー場 白雲荘ゲレンデで幅50m長さ4-500mにわたって雪崩があり5人が巻き込まれたが直ちに救助されて無事.


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愛媛県 肱川町
1963年2月6日 早朝 喜多郡 肱川町 県道- - 雪崩のため県道一ヶ所が不通.

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愛媛県 西条市
1997年2月 愛媛県 西条市 藤之石 笹ケ峰 通信反射板の着雪状況を調べていた1人が雪崩に巻き込まれて凍死した.標高約1500mにある山小屋の東500m地点.10m四方の雪崩.多いところで積雪1.5m
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 愛媛県  小松町
1943年3月29日 周桑郡 小松町 石鎚山 おたけ沢 石鎚山 松山市の教員(41)が瓶ヶ森から石槌山まで単独でスキー縦走中、おたけ沢(初芽成谷上部)で表層雪崩により滑落・死亡
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愛媛県  小松町
1968年2月23日 08:15 周桑郡 小松町 石鎚山 初芽成谷-雪瀑谷間 水晶尾根 石鎚山 登山中の7人パーテイが高さ300m位のところからの長さ約200m幅約30mの雪崩に遭い埋没.3人は自力脱出したが残る4人は行方不明.25日に遺体で発見.


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 徳島県 木屋平村
1965年3月16日  11:00 美馬郡 木屋平村 剣山 一ノ森直下 剣山測候所職員2人が電話線の修理に行く際,厚さ0.5m幅30mの雪崩に遭い1人が巻き込まれ行方不明.35日ぶりに遺体で発見.



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四国で雪崩

■ことに、「温暖な四国だから まあ大丈夫だろう」 という 先入観は 自分勝手な判断 以上に 一番怖い。


実際 温暖な四国でも 雪崩の遭難事故は 

1943年 3月29日 石鎚山 初芽成谷 上部 おたけ沢 1人死亡
1963年 1月14日 高知県 天狗原 高原スキー場 5人救出
1965年 3月16日 一の森 1人死亡
1968年 2月23日 石鎚山 初芽成谷 - 雪瀑間 4人死亡
1997年 2月11日 笹ヶ峰 北面 1人死亡
2001年 2月14日 石鎚山 ニノ鎖 三ノ鎖間 怪我

など 発生している。

羹に懲りて膾を吹く。

雪山は 臆病な方が いい。

臆病なら たとえ悪い判断でも 大事にならずにすむ。
ただし 良い判断のもとになる 貴重な経験をつむのには より多くの時間がかかる。

2012年3月6日火曜日

3月 雪崩、 山中では 寒気 と 暖気 との 攻め際が 激しくなって


3月 雪崩、 山中では 寒気 と 暖気 との 攻め際が 激しくなって


登山道の上にある つららが落下して 橋に激突。(2012年3月3日撮影)
急に暖かくなる この時期 「想定外」のことにも 「想定」して くれぐれも 上部にも 目配りのほど。

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3月「啓蟄」で 里では 春に向かう兆しが出てくる 季節。

だが、この時節 山中では 寒気 と 暖気 との 攻め際が 激しくなって、山の天候は 気温急上昇のあと すぐに 急降下するなど 複雑に大きく変化の 変わりやすい 頃合い となる。

暖かい 雨で 雪解けが 一気に進む場合もあり、一転 冬の風雪に戻り 大雪になったり 湿雪の重雪に泣いたり、 春 爛漫のポカポカ陽気になったり、めまぐるしい変化が 極めて短時間のうちに 次々とおこる。

さっきまで いい天気であったのに すぐに 厳冬期の 猛風雪に逆戻り。その後 一転 高い山でも高温で雪崩の危険、 土砂降りの大雨 でスラッシュ雪崩の危険。

雪だけに 対応すればいいわけでなく ミゾレ、 雨 、何が襲ってくるかわからない 怖さがあるこの時期。読みにくい 天気に 翻弄される。

雪質は刻々変化し 雪面から 様々な情報を 適宜 読みとり 対応しなくてはいけない 難しい時期だ。

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そういえば いまから丁度 40年前の3月を振りかえると。

富士山での 24名死亡の大量山岳遭難が発生した のも 雪崩をおこす 荒れた天候だった。

当時 まだ若い私は ちょうど この富士山の大量山岳遭難の発生の時、 槍ヶ岳 北鎌尾根への 登山中であった。

七倉から 湯俣まで 丸2日かかる 深い湿雪のラッセルにはじまり、その後も 千天出合 P2から 独標 大槍まで ずっと 天候 と 雪に苦しみつづけた。

下の雨が 高い標高で 雪なら まだ マシで、高山でも 雨がふり ミゾレがふり 雪がふり めまぐるしい天候の変化が 短い間隔で おこり その都度 著しく雪質が変わる。

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3月の雪山 雪崩遭難 
1972年3月20日 富士山 計24名死亡
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温暖な四国でも 3月の雪崩遭難は

■1943年3月29日 石鎚山 おたけ沢(初芽成谷上部) 1名死亡
■1965年3月16日 一ノ森 気象関係者 1名死亡。

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2012年3月3日の山行でも 朝の雪面と 昼からの雪面は 大きく変わってしまった。

あらゆる積雪状況に対応して 適確に 判断するのは そう簡単なことではではない。

この3月 本当に 難しい時期なので 無理のない範囲内での慎重な行動が要求される。


冬から春へ 季節のうつろいは 急である。
3月 心ゆったり 無理のない行程で 山へ向かいたいものだ。

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参考までに 
中部山岳方面で 3月の 雪崩遭難事故の主だったものは

1957年3月12日 白馬鑓 4名死亡
1962年3月18日 八方尾根黒菱 3名死亡
1964年3月20日 釜トン出口 3名死亡
1964年3月20日 北穂 滝谷 2名死亡
1965年3月12日 横尾本谷 7名死亡
1966年3月18日 奥又白谷 4名死亡
1969年3月17日 硫黄岳 5名死亡
1980年3月22日 槍ヶ岳 北鎌P8 4名死亡
2000年3月27日 笠ヶ岳 穴毛谷 2名死亡


1974年3月18日 白馬主稜末端 5名死亡
1974年3月23-25日 鹿島槍 計9名死亡
1975年3月22日 白馬猿倉長走沢 2名死亡
1975年3月22日 遠見尾根 1名死亡
1976年3月21日 烏帽子岳 ブナ立 1名死亡
1976年3月24日 針ノ木雪渓上部 4名死亡
1996年3月17日 爺ヶ岳扇沢 1名死亡
1982年3月 白馬乗鞍 1名死亡


1960年3月26日 剱岳池ノ谷二俣 2名死亡
1962年3月26日 剱岳池ノ谷二俣 1名死亡
1980年3月22日 奥大日岳 1名死亡
1991年3月 7日 早月尾根カニノハサミ 1名死亡
2000年3月 5日 大日岳 2名死亡(雪庇崩壊)
2011年2月28日 剱岳池ノ谷 1名死亡

1992年3月22日 大天井岳頂上直下 1名死亡
1932年3月29日 常念岳 3名死亡

1975年3月22日 中ア 宝剣岳直下 宝剣沢 7名死亡
1976年3月27日 中ア 千畳敷 3名死亡
1977年3月30日 木曽駒ケ岳将棊頭山 7名死亡
1982年3月21日 中ア 宝剣岳 八丁坂 3名死亡
1990年3月 8日 中ア 檜尾岳 2名死亡

1933年3月16日 東筑摩郡 朝日村古見 船ケ沢・仲股沢 6名死亡
1988年3月 戸狩スキー場 1名死亡
1970年3月 黒岩スキー場(信濃平) 1名死亡


1961年3月28日 八ケ岳 阿弥陀岳 1名死亡
1980年3月1日 八ヶ岳 双子山 大河原峠付近 1名死亡
1982年3月21日 八ヶ岳 12名死亡
1994年3月26日 八ヶ岳赤岳頂上付近 1名死亡

1982年3月22日 仙丈ヶ岳 2名死亡
1982年3月22日 甲斐駒ヶ岳 水晶沢 1名死亡

以上のように 3月は
雪崩などの山岳遭難が続いた。


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2011年2月28日 北日本新聞切り抜きから 
山岳警備隊の精鋭でも 雪崩にまきこまれた。

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2012年2月11日土曜日

平成24年2月11日 天狗峠 付近で 目撃 した 雪崩痕



平成24年2月11日 天狗峠 付近で 目撃 した 雪崩痕

 【天狗峠 東面】


平成24年2月11日撮影

平成24年2月4日 撮影の 下の 写真と見比べてみると この一週間で 新たに 雪崩が発生したのがわかる。





この斜面は 要注意だ。




【天狗峠 南面】


平成24年2月11日撮影

1月に 雪崩れたのとは 別の また新たな 雪崩が発生していた。





平成24年2月11日撮影 



平成24年2月4日 撮影 


【 お亀岩避難小屋 】

平成24年2月11日撮影