2012年3月21日水曜日

「趣深山 四国の雪崩」 開設



「趣深山 四国の雪崩」

ブログ「趣深山 四国の雪崩」を開設いたします。

というのは 近頃 この山域の雪山に 雪崩など、 まったく無関心な登山者を よく みかけるようになってきたからです。

多雪地帯では 雪崩遭難事故も 頻発し、 みんなおのずと それなりに 注意するようになるのですが 、穏やかな気候の 四国など 温暖 寡雪地帯での雪崩情報は あまりに数少なく 「まさか四国では 雪崩など」と 思い込み あくまで無雪期の延長で 安易な気持ちのままで、 積雪期の山の危険性を認識することなく そのまま雪山 にはいることに なるのでしょう。

こうした「 無知の至福  」 状態では 雪崩の危険に まったく無防備であるといえます。

ところが 四国でも 過去 雪崩遭難死亡事故が 何件か 発生していますし、毎冬 足しげく山域に通うと、 ときには ヒヤッとすることなど たびたび あります。

剣山(1955)山頂の測候所は 既に廃止・撤去 されましたが 貴重な公式観測記録が残っています。

その剣山山頂(1955)測候所 1970-1990年の公式 降雪記録   (寒候年) を見ると 降雪の深さ 合計で 212~802 cm と 雪崩があって当然の降雪量なのです。


たとえ温暖な四国でも、 積雪の多い山では それなりに 雪崩への警戒をしなくてはならないのです。

拙作「趣深山」サイトでは「温暖な四国でも」 など 四国での雪崩情報をサイト上に公開していましたが、今般 拙作「趣深山」サイトでの 既出の四国雪崩情報を 整理してみました。

サイト上で 情報共有化し、 四国での 過去の事故や雪崩発生事例など、 謙虚に 学び、 雪崩への注意を喚起し、 雪崩への危険感受性を高めていこうという、 姿勢こそが 、とても重要だと思い、自戒をこめて、 本ブログを開設することにいたしました。


雪や雪崩については 全く 不十分な 知識・経験しかない持ちあわせておりませんのに、 このような 「雪崩サイト」を 公開するのは 浅学な身を恥じながら 誠に こころ苦しい ところですが ご海容のほど おねがい いたします。

また 読者皆様の ご情報提供や ご指摘 など など ございましたら ぜひ メール コメント いただければ 幸甚です。

「趣深山」サイトともども 今後とも よろしく ねがいます。

天狗峠 雪崩 平成17年2月13日撮影  



お亀岩避難小屋 雪崩 平成23年2月26日撮影 



2005年12月27日 徳島新聞

徳島新聞 2006年1月26日 の記事もあります。


2012年3月10日土曜日

『ドキュメント 雪崩遭難』阿部幹雄著




『ドキュメント 雪崩遭難』 阿部幹雄著 山と溪谷社 2003年2月初版




1 北海道 尻別岳
2 青森県 岩木山
3 八幡平 源太ガ岳
4 北アルプス 唐松岳八方尾根
5 北アルプス 剱岳早月尾根
6 北アルプス 蒲田川左俣谷
7 石鎚山系 笹ヶ峰
8 石鎚山系 石鎚山

8つのうち 2つまで四国を とりあげたのは
温暖な地域でも 雪崩遭難があるという警鐘なのだろう。



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『ドキュメント 雪崩遭難』


『登山者は今までの経験だけで山の天候、積雪状態、雪庇のできる具合を判断しないほうがよいと言える。

同様に、山で培ってきた今までの経験という ものさし だけで、雪崩の危険を判断すべきでない。

気候変動という悠久の時間変化に比べれば、私たちが山で経験している時間は余りに短すぎる。


気候変動に応じた新しい雪崩判断の「ものさし」、科学的な知識と経験で得た知識を融合させた「ものさし」を、登山者は身につける必要があると私は考えている。』  阿部幹雄著

『ドキュメント 雪崩遭難』 阿部幹雄著 山と溪谷社 2003年2月初版

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1997年2月11日 笹ヶ峰(1860) 『ドキュメント 雪崩遭難』


1997年2月11日 笹ヶ峰(1860)

「ドキュメント 雪崩遭難 」阿部幹雄著 山と溪谷社 2003年2月初版より引用


アプローチが簡単なので
冬期でも 大勢の登山者で賑わう山である。


『 二十年間に渡って四国の山々を登山してきた経験があり、冬の笹ヶ峰にも頻繁に登っているある登山者は、「あんな なだらかな笹ヶ峰で雪崩が起きるとは思ってもみなかった。」と言う。 』
「ドキュメント 雪崩遭難 」阿部幹雄著 山と溪谷社 2003年2月初版



夏道 登山道の一部区間が 雪崩の走路と重なっている。






「ドキュメント 雪崩遭難 」阿部幹雄著 山と溪谷社 2003年2月初版より引用


「通信反射板の着雪状況を調べていた1人が雪崩に巻き込まれて死亡した.標高約1500mにある山小屋の東500m地点.」 愛媛新聞

2001年2月14日 石鎚山「ドキュメント 雪崩遭難 」


2001年2月14日 石鎚山(1982)

著名山ブームもあり 冬期でも運行するロープーウェ- があり やはり年中 賑わう山だ。

「ドキュメント 雪崩遭難 」阿部幹雄著 山と溪谷社 2003年2月初版より引用




1965年3月16日 剣山山系 の 一ノ森(1880)


剣山 測候所の方が 殉職


1965年3月16日 剣山山系 の 一ノ森(1880) 北斜面 で剣山 測候所の方が 雪崩で遭難し 殉職しました。

今では 測候所は廃止。 遭難碑が 建てられています。



「 山を愛し   気象観測を愛し

                  こよなく  妻子を愛せし    男 ここに眠る

                                                                         新田次郎 」






「剣山測候所職員2人が電話線の修理に行く際,厚さ0.5m幅30mの雪崩に遭い1人が巻き込まれ行方不明.35日ぶりに遺体で発見.」徳島新聞 昭和40年(1965)



すでに廃止され建物も撤去された 旧 剣山測候所



『愛媛の山と渓谷 中予編』愛媛大学山岳会編




『愛媛の山と渓谷 中予編』愛媛大学山岳会編1991改訂四版 愛媛文化双書刊行会 
271-272ページ

「なだれ  

 南国の四国に、なだれはもとより、雪が降るとも思っていない人がいるが、
四国の山でも一、五○○メートル以上になると、どんなに雪の少ない年でも深雪に覆われ、なだれの発生を見る。

昭和三十一年三月二十六日、石鎚山に登って、西冠の下に長さ約二○○メートルの全層なだれを発見し、その後、部員 長戸博明君たちの調査で、同程度のなだれが、西冠から 二の森へかけての南斜面に四個所発生していることが認められた。

登山道を横切って、大きな岩石がゴロゴロ転がり、樹木が根こそぎに押し流されていて、なだれの恐ろしさをまざまざと見せつけられた。

 其後、冬の面河道で、部員が表層なだれに押し流されたこともあって、冬は夏道を避けて、上の面河山尾根を通ることにしている。

石鎚山系の雪なだれは、樹木のない、まともに日射を受ける南面の笹原に多いようだが、昭和四十三年の二月には、北面の老之川の奥で、松山商大の山岳部員が訓練中になだれで遭難するといういたましい事故も発生している。

特にその年は なだれが多く、石鎚山系では二十個以上発生したと推定されている。

その時、西冠の西側の尾根からは約七○○メートルもあろうかと思われる大雪なだれが面河本谷まで押し出し、登山路横の谷に臨んだ大きい樹木がたたき切ったように中断されていた。

  なだれは三十五度乃至四十度くらいの斜面で最も多く発生するといわれ、樹木のない笹原が最も危険で、場所は岩壁や尾根の直下から発生しているようである。

時刻は気温の上がった午後に多く、面河道は夏山では快適な登山道だが、冬は最も危険な道である。

愛大小屋の下からはじめて、頂上までの六本の谷はなだれの多発地帯である。  

冬山では山腹のトラバース道は避けて、尾根筋を通り、午前中に行動することが、なだれの危険を防ぐ唯一の方法であろう。

大川嶺のような緩斜面の山でもなだれは見られるので油断は禁物である。」 


『愛媛の山と渓谷 中予編』愛媛大学山岳会編 1991改訂四版 愛媛文化双書刊行会

271-272ページ


2012年3月9日金曜日

柳澤昭夫 氏 『岳人 2008年4月号 備忘録』

『岳人 2008年4月号 備忘録』柳澤昭夫氏 

「雪崩もそう。カナダの基準などがどんどんもちこまれてきて、雪崩は科学的に解明されたという錯覚が生まれつつある。

でもおれはそんなことちっとも思っていないし、わからないことがたくさんある。(槍平の雪崩 もそうですよね。)

 でるかもしれないという予想は成り立つかもしれないけど、このいま雪崩はでないという確証は絶対に手に入らない。 

きょうあたりは大丈夫だろうというのは甘い推測にすぎなくて、甘いか辛いかはいつも結果論。

雪崩に遭へばバカもんといわれ、遭わなければたいしたものんだといわれるだけの話。

結局は推測の域を出ない。 

みんなが行けば怖くない式で、天気はいいしあいつらも行っている、軟弱と見られるのはシャクおれらも行こうよという連中がある一方、いやみんなは行動しているけどおれたちは何がなんでも今日は動かないという信念があるかどうかの違いに過ぎない。」 

柳澤昭夫 氏 『岳人 2008年4月号 備忘録』

















2007年12月31日 槍平 遭難事故の 報告書